東京地方裁判所 昭和23年(ワ)3993号 判決
原告 中野健雄
被告 石沢敬助
一、主 文
被告は原告に対し東京都世田谷区弦卷町二丁目三百十番地の一所在木造瓦葺平家建居宅一棟建坪三十坪一勺の家屋の内十疊一室及び之に接続する六疊一室を明渡し、且玄関、台所、便所、廊下を共同使用せしめよ。
引受参加人は原告に対し右家屋の内十疊一室を明渡せ。
原告の被告及び引受参加人に対する其の余の請求は孰れも之を棄却する。
訴訟費用はこれを七分し、その四を原告、その二を被告、その余を引受参加人の負担とする。
本判決第一、二項の部分は原告に於て被告に対し金五千円、引受参加人に対し金三千円の担保を供するときは、仮に執行することが出來る。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は東京都世田谷区弦卷町二丁目三百十番地の一所在木造瓦葺平家建居宅一棟建坪三十坪一勺の家屋を、引受参加人は右家屋の中十疊及び十疊板の間の二室を夫々原告に明渡せ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、
訴外小倉小太郎は昭和二十年六月頃、其の所有せる請求の趣旨記載の家屋を被告に対し期間の定なく賃貸したが、原告は昭和二十三年四月二十二日小倉小太郎より右家屋を買受け同月二十七日所有権移轉登記を受けて、その所有権を取得すると共に被告に対する本件家屋の賃貸人たる地位を承継した。然るに被告は小倉小太郎から本件家屋を賃借中、其の附属物置(約一坪)を無断で取毀し、賃借建物返還義務を其の責に帰すべき事由で履行不能にさせた爲、昭和二十三年三月十日小倉小太郎から書面を以て爾後六ケ月経過した日を以て本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、右意思表示は其の翌日被告に到達した。右契約解除の意思表示の効果は本件家屋の賃貸人たる地位を承継した原告に於てもこれを享受し得べきものであり、被告に対する本件家屋の賃貸借は同年九月十一日の経過と共に終了したものである。
仮に右の契約解除の効力が認められないとしても、原告は左の如き正当な事由から昭和二十三年四月二十八日書面を以て被告に対し借家法所定の六ケ月の期間を付し、本件賃貸借契約に付解約の申入を発し、右申入はその翌日被告に到達しているので、右賃貸借は同年十月二十九日の経過と共に終了したものである。即ち原告はかねて訴外小穴純から東京都世田谷区赤堤町二丁目六百十八番地所在の原告現住家屋を借受けて居住していたところ賃貸人小穴純から嚴しくその明渡を迫られ、偶々本件家屋が昭和二十二年十二月末日限りで空屋になるとのことであつたので、同年十一月中原告自ら居住使用すべく本件家屋を買受けたところ被告が明渡をしないので、昭和二十三年四月二十二日代金減額の上賣買契約を仕直して本件家屋の所有権を取得した次第であるが、その間原告より被告に明渡方を懇請したのに対し、被告から「移轉先さえあれば」との返事を得たので原告は住宅難の現況下被告の爲に百方奔走の上順次三ケ所の借家を物色し同道檢分する等能う限りの誠意を示したのに対し、被告は何等の理由が無いのに拘らず孰れも之を拒否して互讓解決の精神の片鱗すら示さなかつたもので、右は解約申入の正当の事由ある場合に該当するものである。
仮に右の解約申入も亦其の効力がないとしても、被告は賃貸人である原告の承諾を得ず無断で本件家屋の一部を訴外石沢秀に轉貸したので、原告は右轉貸を理由として被告に対し昭和二十三年八月十六日書面を以て本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を発し、右意思表示はその翌日被告に到達しているから本件賃貸借契約は同年同月十七日限り解除となつたものであり、いずれにせよ賃貸借終了の結果被告は本件家屋を明渡しこれを原告に返還すべき義務あるものである。
引受参加人は原告に対抗し得べき権限なきに拘らず、昭和二十四年四月一日から被告より本件家屋の十疊及び十疊板の間の二室を借受け居住してこれを占有し原告の所有権を妨害しているものであつて、原告に対し右占有部分を明渡し以て右妨害を除去すべき義務あるものである。
依つて原告は被告に対し賃貸借の終了を原因として本件家屋の明渡を求めると共に、引受参加人に対し所有権に基き、右家屋の中十疊及び十疊板の間の二室の明渡を求める爲に本訴請求に及んだものであると述べた。<立証省略>
被告は原告の請求を棄却するとの判決を求め、
原告主張の請求原因事実の中、被告が原告主張の時期に本件家屋を当時の所有者である小倉小太郎より期間の定なく借受けた事実、小倉小太郎から被告に対し原告主張の日時にその主張の如き理由を以て契約解除の意思表示のあつた事実、原告がその主張の日に小倉小太郎より本件家屋を買受け、所有権移轉登記を受けて、その所有権を取得すると共に本件家屋の賃貸人たる地位を承継した事実、原告主張の日時に原告より自己使用の必要を理由に解約の申入があり、その間明渡の交渉のあつた事実、原告主張の日時に原告より無断轉貸を理由とする契約解除の意思表示のあつた事実は認めるが、その余の事実は凡て爭う。石沢秀は被告の從兄弟の妻であつて單に同居させているに過ぎず轉貸したものではないと述べた。<立証省略>
三、理 由
(一) 被告に対する請求に付いて。
先ず原告の第一次的請求について考察するのに、
訴外小倉小太郎が昭和二十年六月頃其の所有せる本件家屋を被告に対し期間の定なく賃貸したこと、小倉小太郎が昭和二十三年三月十一日被告に対し、被告に於てその賃借せる右建物の附属物置(約一坪)を無断で取毀し賃借建物返還義務をその責に帰すべき事由により履行不能にさせたとの理由を以て爾後六ケ月経過した日を以て本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことは当事者間に爭がない。而してその後原告が同年四月二十二日小倉小太郎より本件家屋を買受け同月二十七日所有権移轉登記を受けて、右家屋の所有権を取得すると共に被告に対する本件家屋の賃貸人たる地位を承継したことも亦当事者間に爭のないところであるから、右契約解除にして有効なりとせば原告に於てその解除の効果を享受し得べきこと勿論である。よつて右契約解除が有効なりや否やについて考えてみるのに、証人小倉小太郎、同加藤繁藏の証言によれば本件家屋にはトタン屋根をさしかけた約一坪の物置が附属していたこと、及び右附属物置は被告が本件家屋を小倉小太郎より賃借中に滅失して返還不能となつたことが認められるのであり、而して右物置の滅失に付被告が無過失であることは被告の何等立証しないところであるから、被告は右物置の返還義務履行不能の責を辞することを得ないものといわざるを得ないのであるが、右の程度の物置を滅失させただけで本件家屋全部の賃貸借契約の解除は許すべきものでないと解するのが相当であり右契約解除の意思表示は、ひつきよう無効というべきであるから、これが有効であることを前提とする原告の第一次的請求は失当であるとして棄却すべきものである。
次に解約申入を理由とする予備的請求について考察するのに、
原告が昭和二十三年四月二十九日被告に対し、借家法所定の六ケ月の期間を付して本件賃貸借契約に付解約の申入をなしたことは当事者間に爭がない。依つて右解約申入につき正当な事由があるか否に就いて考えてみるのに、成立に爭のない甲第二号証の一、二、第四号証の一、二、第五号証、証人小倉小太郎、加藤繁藏、小穴純の各証言並に原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告はかねて東京都世田谷区赤堤町二丁目六百十八番地所在の小穴純所有の住宅を賃借して居住していたところその賃貸借期間は昭和二十二年九月にて満了し小穴に家を明渡さねばならなくなつたので当時本件家屋賣買の交渉を進めるようになつたのであるが、その際小倉小太郎の代理人加藤繁藏から、同人が被告と折衝した結果、被告は「此の家は自分のものではないから家さえあれば何時でも明渡す」旨申し出たとの報告を受け取り、又小倉小太郎、加藤繁藏の双方から「昭和二十二年十二月末日迄に被告をして本件家屋より立退かしめる。若し被告が立退かない場合には小倉小太郎所有の他の貸家を被告に提供してその居住に当てる」旨の話があり、原告はこのような事情から被告より本件家屋の明渡を受けることが可能であると信じて同年十一月中、小倉との間に手附金十三万五千円を支拂つて自己の住居にあてる爲、本件家屋の賣買契約を締結したものであること、ところが被告は容易に右家屋を明渡さないので小倉小太郎から昭和二十三年二月頃被告に対し、本件家屋を明渡し世田谷一丁目九十六番地所在の小倉所有の家屋へ移轉方を申し出たが被告はさきに加藤に対し前記の如く約束した事実があるに拘らず充分な理由がなくして小倉の申出を拒絶したこと、そこで原告は明渡不能の家屋の賣買を破談にしようとしたが小倉が先に受取つた手附金の返金に應じない爲止むなく同年四月二十二日代金を減額して賣買契約を仕直した上、その後原告自身被告の移轉先につき被告と交渉し、同年四月二十五日早稲田町三十四番地所在の知人の建築した家屋、次いで被告の申分に應じて電車の便もよく間数も同じような小岩所在の家屋等を斡旋し、同道檢分したのであるが、被告はこれ亦充分な理由が無いのに拘らずこれを拒絶し更に祐天寺附近の家屋を斡旋しようとしてもこれに取合わうともしなかつたこと、前記小穴純はその後相当な事由により右家屋を使用する必要を生じ引続き原告にその居住家屋の明渡を求めて居り原告は現に本件家屋使用の必要の存する事実を認めることが出來る。他方成立に爭のない甲第六号証の一、二、原告本人訊問の結果並に弁論の全趣旨によれば、本件家屋は十疊一室、六疊二室、十疊板の間一室、四疊半、二疊間各一室を有し、昭和二十三年八月十日当時四疊半とその次室六疊間を訴外石沢秀の家族五名の居住の用に供しその他の室を被告の一家六名が使用していたこと、石沢秀の家族は本訴提起後の昭和二十四年二月頃他に轉居したところ、同年五月より被告の娘婿である岡島太郎(引受参加人)を十疊及び十疊板の間に居住せしめるに至つたことが認められるのであるが、これらの事実の外被告が本件家屋につきいかに緊切なる利害関係を有するやは被告に於て何等の立証をしない爲これをつまびらかにすることができない。しかしながら被告が本件最初の口頭弁論期日に出頭した外爾後の口頭弁論期日に出頭しない事実と前段各認定のいきさつとに徴すれば、被告はこの種の住居問題の解決の爲期待さるべき互讓の精神に於てやや釈然たらざるものの存することを認むべく、これら諸般の事実を綜合すれば本件解約の申入に付ては所謂正当の事由あるものというべきである。然しここに正当の事由ありといえばとてそれは必ずしも本件賃貸借契約の全部につき解約をなすに足る正当な事由が存することを意味するものではない。果して契約の全部を解約するに足る正当な事由があるか、又はその一部を解約することについてのみ正当性の要件が充足されているものであるかは、亦別箇の判断を要する問題である。現時の住宅拂底の状況の下に於ては住居の狹隘は何人も甘受せざるを得ないところであり、立退困難なる賃借人の現住せる家屋を使用せんとするが如き場合に於てはその一部の使用を以てその需要を充し得る限り一部の明渡を以て満足すべきものとしなければならない。原告本人訊問の結果によれば原告は夫婦子供二人の四人暮しであることが明らかであるから原告のみ本件家屋全部を使用せんとするのは望むこと多きに過ぎるものであり、その一部分を以てしてもその需要を充たすに足るものと認むべく(この事実は原告本人の供述により認められる、原告が前記解約申入後被告に対し本件家屋の六疊及び八疊(十疊の意味と解される)の二室の明渡を要求した事実からも推断される)他方甲第六号証の一、二によれば被告が一家六名の給料生活者で前記の如きいきさつがあつたにせよ、さしあたり移轉先も移轉の方法を講ずる資力もない者であることをうかがい得るから、これら双方の事情を考慮するときは、原告は本件家屋の中十疊及びこれに接続する六疊の二室の明渡を受け、玄関、台所、便所、廊下を共同使用することについてのみ解約の正当性の要件を充足するものと解するのが相当であつて、右認定部分の賃貸借は解約申入後六ケ月の期間の経過した昭和二十三年十月二十八日限終了し、被告は原告に対し右二室を明渡し前記共用部分を原告に共用せしむべき義務を生じたものと言はなければならない。依つて原告の請求はこの限度に於て正当として認容し、その余の請求は失当として之を棄却すべきものである。
更に進んで右の請求を棄却した部分について無断轉貸による解除を理由とする予備的請求につき考察するに、被告が本件家屋の一部に石沢秀を居住せしめていたことは被告の自認するところであり、昭和二十三年八月十七日原告より被告に対し、右を原告の承諾なき轉貸なりとして、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に爭がない。被告は單なる同居で轉貸ではないと抗爭するけれ共前認定の如き同人の家族数、使用状況からすれば同人は被告とは別箇の世帶にして單なる同居人ではなく轉借人と認むべく、右轉貸借に付原告の承諾のあつたことは認むべき証拠がないのであるが甲第六号証の二によれば、石沢秀は本件家屋六室の内六疊及び四疊半の二室を住居に使用していたに過ぎず、被告は依然本件家屋の重要部分に対する事実上の支配を有していたことが認められるのであり、右轉貸により本件家屋の使用管理方法に著しい変改を生じたとか賃料支拂に支障を來したとかいう如き特別の事情のあつたことを認めるに足りる証拠も無いのであるから、これを現下の深刻な住宅難の社会事情に照合して考えると、右轉貸はたとえそれが無断でなされたものであるにせよ、これを違法視して賃貸借契約を解除することを許すべきでないものと解するのが相当であり、右契約解除は無効というべきであるから、これが有効なることを前提とする原告の請求は失当として棄却すべきものである。
(二) 引受参加人に対する請求について。
本件家屋が原告の所有であること、引受参加人が右家屋の内十疊間と十疊板の間に居住してこれを占有していることは当事者間に爭がない。而して引受参加人が右占有に付正当の権限を有することについては何等の主張も立証もないから不法占有と認めざるを得ないのであり、引受参加人は右占有による妨害を除去すべき義務あるものであるが、原告は被告に対する本訴請求の理由ある場合に限り引受参加人に対しその占有部分の明渡を請求せるものと解せられるから、十疊間の明渡を求める原告の請求部分のみ正当として認容すべく、被告に対する請求の理由なき十疊板の間の明渡を求める部分は結局失当として棄却すべきものである。
依つて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二條、第九十三條仮執行の宣言について同法第百九十六條第一項を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 北村良一)